| ムク木コラム |
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木の家に対する3つの誤解 |
平成15年2月 山川元志 |
木の持つぬくもりと暖かさ、なつかしさを、嫌う人はほとんどいない。 また、木の家を強く求める人も増えつつある。しかしながら、そのほとんどは「木の雰囲気」だけで満足する傾向がある。 だから、私の考える「ムク木の家」にたどり着く人はほとんどいない。 ある時、家具の配達でお客様のお宅に伺うと、「木の家です。」と誇らしげに話される。 その方が木にこだわり、愛着を持って建てられた住まいであることを強く感じる。 しかし、なぜか新築特有の嫌な臭いが鼻につくのである。 また、何とかソーラーで建てられ、自然志向にこだわられたはずなのに、窓の結露がひどい家があると聞くこともある。 こういったことは、私が建てている「ムク木の家」では考え難いことである。 近頃ニュータウンでは住宅メーカーの建築条件付きの宅地が多い。 建築主さんが、その宅地がとても気に入っておられたりすると、「メーカーの家は好みではないが・・・」とおっしゃりつつ、出来るだけ「木を使ってほしい」と注文をだして満足されている。 このように最初の誤解は、木の家とは「木の雰囲気をを持った住まい」だと思っている人が多いということである。 単に「木の雰囲気をもった住まい」と私の言う「ムク木の家」は全く別物である。いくらムクのフローリングを張ってみても、ウレタン塗装など、木をコーティングしてしまう塗料で仕上げてしまえば、それはもはや「ムク木の家」ではない。 木をコーティングすれば、木材特有の狂いは出ないし、傷も付きにくい。それは木の雰囲気を求める大多数の消費者の求める要望でもある。 しかし、それは断じて「ムク木の家」ではない。床だけでなく壁も天井もそうである。 必ずしも木材である必要はないが、室内が調湿性と呼吸性を持たない素材のオンパレードでは、人に害になることはあっても、益になることはない。 本物の木の家をめざすなら、「ムク木の家」であるべしと私は強く思う。 もうひとつの誤解は、木がたくさん使われたり、大きな木材が使われていれば素敵な(?)木の家になる思われているということである。 ログハウスしかり、太い米松の柱でも木であることに間違いはない。 しかし木は腐りやすく燃えやすく、狂いやすい素材でもある。 だから木材に恵まれた我々日本人の先祖は、必死に考え、適材適所を守り、それぞれの樹種の持つ特性、耐湿・耐蟻・耐久性・強度・加工性・手に入りやすさ・コストなど考慮し、木材を使ってきた。 しかし今、こうした先人の知恵はほとんど無視された木の家が横行している。 だから今はむしろ「怖い木の家」が氾濫していると言える。たとえ「太い木の家」であっても必ずしも「良い木の家」とは限らないとまず疑がうべきである。 3つめの誤解は、設計図書があり希望の木材を指定をすれば納得の木の家が建つと考えられていることである。 実際のところ、こうしたやり方で実現するのはかなり困難である。不可能と言っても良いかもしれない。 木材は、原木から製材され、使用できるようになるまで、乾燥に要する時間と場所が必要である。 たとえば、堅木(かたぎ)と称されるモノは、10年以上寝かせる必要がある。 だから通常よく使われる木材はごくごく限られるし、木材屋さんでストックされる材は意外と品数は少ないものである。 それに現在は新建材の利用が圧倒的になっており、こうした木材を扱う製材所はどんどん減る傾向にある。 だから、「こういう木材が手に入るから、このように使う」という考えで臨まないといけないのである。そのため、本当の木の家を造るのは苦労がつきまとう。 新建材はカタログに載っているものがいつでも楽に手に入る。施工も手間いらずである。 そのため、本物の木で手に入りにくい材を希望していると、新建材で済まされるのがオチである。こうしてアンバランスな出来映えの住まいになる可能性が大きくなるのである。 本物の木の家を得るには、ムク木の家を造りたいと考えている人と組織に出会うことが何よりも大切である。 志木もそのひとつでありたいと切に思い、原木から設計施工と一貫し、材と職人さんの準備怠りなく努力している。 |
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